古生物学者への道 −古生物の部屋

古生物学者への道

※はじめに

この雑文は2008年1月5日,6日に国立オリンピック記念青少年総合センター(東京代々木)において開催された第6回地球システム・地球進化ニューイヤースクールで配布されたレクチャーノートに寄稿した文を転載したものである.

古生物学者になりたい

多くの人が,古生物学者に憧れる.博物館の恐竜展示や映画「ジュラシックパーク」,NHKの地球大紀行など,一般の人が化石を目にする機会は意外に多い.その機会の中で化石の魅力に取り憑かれ,古生物学者となることを夢見る人が多いと思う.しかし,実際の古生物学者の"仕事"や"古生物学者になる方法"がわからない方が多いように見受けられる.そこで,本稿では古生物学の魅力,古生物学者のイメージと実際,古生物学を学ぶ(研究する)方法について述べていきたい.とは言え,私は2006年3月に博士号を取得したばかりの,いわば駆け出し古生物学者である.経験や洞察も大して深くないので,本稿を鵜呑みにすることなく,自分の目や耳,足を駆使して自分の進むべき道を見つけて頂きたい.

古生物学とは? −究極のエンターテイメント

過去の地球上(宇宙でも良い)に生息していた生物は,「化石」として我々の目の前に出現する.しかし,完全な形であることは,ほとんどない.肉は腐り,遺骸の一部分だけが奇跡的に残った物(体化石),それが「化石」である.逆に言えば,「化石」とは,過去に生きていた生物が,その存在の証として遺した物として捉えることができる.時には,足跡や住処の痕跡として(生痕化石),または,DNAや細胞膜脂質などの化学的成分として(化学化石),その証を見ることができる.古生物学は,一般には,過去に生きていた生物を研究する学問分野である.しかし,その対象領域は過去の生物に留まらず,現生生物をも包含する.要は,時間軸を加味した生物学と言えるだろう.具体的には,生物の起源や進化,(古)生態,多様性変動(絶滅と回復),生層序などを明らかにする分野である.

ところで,古生物学の魅力は何であろうか.研究者と一般の方とで大きく捉え方が違うかも知れないし,そもそも各個人の主観に依ると思うが,絶滅した生物を扱っている点がそもそも魅力的ではなかろうか.また,生物の遺骸が石として保存され,それが地層中から発見されるというのも,何だか隠された宝物のようで心をくすぐる.さらに,恐竜の一部は現存する陸上動物をはるかに凌駕する大きさであり,迫力満点である. なにより,古生物学とは,我々人類を含めた生物が,いったいどのように誕生し,進化し,地球上で変化し続けてきたのか,そういった我々のルーツや地球と生物の関係を解明していく学問分野である.この我々の根本を解き明かすことのできる研究分野は古生物学以外にはないと思っている.人間は,知への欲求がある唯一の生物であろう.古生物学は,その知への欲求を叶えることのできる,最高の学問であると思う.言ってみれば,古生物学は究極のエンターテイメントである.

古生物学者の研究スタイルのイメージと実際

魅力満載の古生物学ではあるが,実は,その研究スタイルは意外とチマチマ,もしくは,ネチネチしている.一般の方のみならず,古生物学者志望の学生が思い描く古生物学者のイメージと実際との間には大きな隔たりがあるのだ.化石さえ出てくれば"スゴイ研究"ができると思いこんでいる人が多いように思う.そのためか,学部や大学院で実際に古生物学の研究を始めてみると,そのギャップに途惑い,やる気を失っていく人がいる.実際の古生物学研究の研究では,化石を採集する前に入念な地質調査や露頭スケッチを行ってから,ようやく化石の採集に入る.採集した化石は,研究室に持ち帰って丹念にクリーニングし,綿密な観察を行う.それからようやく自分の研究テーマに見合う解析(形態計測や電子顕微鏡観察,各種化学分析(例えば同位体比分析)など)を行うのだ.時として,古生物学者が実際に化石をいじくる時間は,かなり少なくなることがある.私の場合を見てみよう.私は,化学合成群集という海嶺域の熱水や海溝域のメタン冷湧水に生息している大型生物(二枚貝や巻貝)の化石を研究している.この研究には露頭の詳細な観察や岩石薄片観察,化学分析が欠かせない.そのため,私が化石を研究している時間は,総研究時間の2割に満たないと思われる.これは多少極端な例であるかも知れないが,分類学以外の古生物学研究者は似たり寄ったりではないかと思っている.化石という魅力的な素材を扱う古生物学ではあるが,丹念に精緻なデータを集めていく必要性は他の科学分野となんら変わらない.コツコツと,何年にも渡ってデータを集めてから,初めて,生き生きとした古生物の復元を行ったり,壮大な生物進化の仮説などを提唱できるのである.ただ単に,化石を好きだという気持ちでは,古生物学者になることは,到底不可能である.

古生物学を学ぶ(研究する)方法

3.1.進学する研究室の選び方

古生物学系研究室への進学を考えている人は,まず,自分がどのようなスタイルで化石を研究したいのかを考えてみよう.自分のスタイルや興味と違う研究室を選ぶと研究が思うように進まなかったり,化石への興味を失う事態に陥ることが目に見えている.

なお,日本で古生物学を学べる大学のリストを私のホームページ(古生物の部屋)で公開しているので参考にして欲しい(古生物学を学べる大学紹介).同様のリストが古生物学会のホームページにも掲載されているので,併せて参考にして欲しい.

研究スタイルを選ぶ

私の主観ではあるが,いくつかの研究スタイル(分野)を挙げてみたいと思う.

分類

古生物学の最も基本的な分野である.採集した化石が何であるか調べるわけであるが,ときおり,新種が見つかる.新種である場合は,標本を念入りに観察し,近縁種と比較して,記載分類を行う.この研究には,特定の分類群に対する深い造詣と膨大な文献が必要であり,比較のために世界の研究期間に行く必要もある.比較的研究に時間がかかる分野で,なかなか若手が手を出しづらい分野であるように思う.

系統

化石から形質を抽出し,その形質を元に,主観的,もしくは,客観的な手法(いろいろな手法がある)を用いて,生物の系統樹を作成する分野である.この系統樹ができてはじめて,生物の進化を議論することができるようになる.最近は,現生生物のDNA解析などが席捲しており,化石で系統を解析しても意味がないと言う人もいる.しかし,少なくとも絶滅した生物に関してはDNA解析などほぼ不可能であるので,まだまだやる価値のある研究だ.この研究の成否は,ある分類群の保存の良い化石をどれだけ集められるかにかかっている.

古生態復元

化石採集前の入念な産状観察や採集後の丹念な観察,計測などを通して,古生物の生息環境,生息姿勢,生態などを復元していく.堆積学,形態解析,化学分析など,あらゆるツールを使って古生物の生き様を復元するのがこのタイプの特徴である.どのような分野の手法でもどん欲にツールとして取り入れいていく必要がある.

多様性変動・層序

とにかく化石を採集しまくり,ある地域の層序を確立したり,ある時代の多様性変動や環境の変化と生物応答,絶滅・回復源現象を明らかにする.この研究には数ヶ月に渡る化石採集と徹底的な化石のクリーニングを敢行する根性が必要であろう.

古環境復元

化石を環境復元ツールとして使う研究スタイルだ.環境に敏感な生物種の栄枯盛衰から,環境変動を明らかにしたり(上記の化石採集重視型とも関連),生物の硬組織に記録された環境情報を読み取ったりする分野である.現生生物を題材として選ぶことも少なくない.

形態形成

生物の形態がどうしてできるのか,という一見すると現生生物学が得意としそうな研究分野である.しかし,意外なことに古生物学こそが,この分野でリーダーシップを取っている気がする.手法は,形態計測,形態を表すための数式モデルの構築,構築された数式に基づいたシミュレーション,分子生物学を駆使した形態形成遺伝子の特定などがある.

シミュレーション

この分野は基本的には,生物の進化様式や適応パターンのモデルや上述した生物の形態がモデルを構築している.数学やコンピュータいじりが得意な方におすすめである.また,構築したモデルのパラメータを実際の世界から集めたり,シミュレーションの結果が実際とどれだけ合致するかをきちんと調べる必要がある.

以上,私の主観で古生物学分野を細分化してみた.もちろん,上記に属さない研究もあると思うが,大概の古生物学研究は上記のカテゴリーに属すると思われる.どうだろうか,自分の性格ややりたいこととマッチするものがあるだろうか.各古生物系研究室では,上記のいずれか,もしくは,複数を主軸として研究していることが多いので,自分のやりたいことと研究室のスタイルが合っているかどうか,事前にチェックしておこう. また,志望する研究室で,自分の研究したい分類群(微生物(微化石),無脊椎動物,脊椎動物など)を扱うことができるかも極めて重要なチェック項目である事は言うまでもない.

日本ならではの研究テーマを選ぶ

古生物学を志望する学生に研究したいことを尋ねると,多くの人が,@恐竜,Aカンブリア紀の大爆発,Bエディアカラ生物群,C生命の起源,という4分野のどれかを答える.これはジュラシックパークやその他テレビ番組の影響である気がするが,正直にいって,日本でこれらの研究を行うのは極めて難しい.なぜなら,これらの4分野の化石が日本からはほとんど産出せず,また,これらを研究している古生物研究者が日本にはほとんどいないからである.よって,@〜Bの恐竜,カンブリア,エディアカラを本気で研究したい人は,積極的に海外に飛び出していく姿勢が求められるだろう.Cの生命の起源も人気が高いが,古生物学分野よりも,むしろ生化学や分子生物学分野の方が積極的に取り組んでいると思われる.もちろん,日本の材料にこだわる必要はないが,少なくとも師事できる先生が少ない以上,これらの分野を日本で学ぶのはあまりお勧めできない.とは言うものの,実際には日本で研究している人もいないことはないので,まわりを見渡し,実際に研究している人にアドバイスを求める必要がある.

では,日本では,どのような古生物学分野を研究するのが良いか. 今回の小川先生の講義でも示されたと思うが,日本列島は付加体で構成されていると言っても過言ではない.とにかく,いろんな時代,セッティングの地質体が凝縮されているのだ.つまり,異なる時代やセッティングに生息していた生物を見ることができると思うのだ.また,日本に分布する地質体を見ると,古生界はそれほど多くなく,むしろ中生界や新生界が多い.特に,日本ほど第四系が広範囲で分布している国は,世界に他にないのではないだろうか.つまり,中生代以降の新しい時代の材料を研究対象にするのが適しており,特に第四紀の材料を研究対象とすれば,世界的に見ても希有な研究ができる可能性がある.新しければ新しいほど,現生種との比較ができるので,検証も可能となる.ちなみに,私の研究している化学合成生態系は,主として海嶺周辺の熱水噴出口や海溝域のメタン冷湧水周辺に多い.大陸縁辺に位置する日本列島には現在と過去の化学合成生態系が豊富に存在するので,地の利を活かすことのできる研究対象であると自負している.

いずれにしろ,人がやっていない研究テーマを見つけることが必要である.誰もやっていないテーマであれば,そのテーマに取り組んだ瞬間に,その研究の第一人者になれるのだ.堆積学とかだと,同じセッティングの場合は,どこでも同じような堆積構造が観察されてしまい,オリジナリティーを出すのに苦労するのではないかと思う(勝手な思いこみか?).しかし,古生物学の場合は,地域や時代が違うと産出する化石相が大きく変化するのだ.ある地域の化石相が,別の地域の化石相とどう違うかをまとめるだけでも十分にオリジナルな研究になる.これは古生物学のいいところである.

おわりに

私は古生物学が好きである.博士課程在学中は,多少の迷いもあったが,博士号取得後のこの2年間は実に充実した日々を送っている.古生物学者を目指して本当に良かったと思っている.もちろん,まだ定職には就いておらず,この先どうなるかはわからない.しかし,それでも,私は古生物学者として充足した日々を送っている.そして,多くの人が古生物学の世界を体験し,実際に古生物学者を目指してもらいたいと思っている.本稿が,古生物学者を目指す人に対して,少しでも参考になれば幸いである.