東京都市大学 地学1 2009.11.19 第10回 熱水とその周辺に成立する生態系


第10回 熱水とその周辺に成立する生態系 −もうひとつの生態系−

授業概要

今日の授業のキーワードは,熱水,海嶺,マグマ,海洋底,海洋地殻(プレート),玄武岩,化学合成,独立栄養,イオウ酸化細菌,シロウリガイ,チューブワーム

参考となる本

深海生物学への招待

著:長沼毅,出版社:NHK出版

配付資料

出席カードと共生関係についての問題がセットになった1枚と熱水循環や地球の中身についての図を配布しました.

概要

地球の海底に比高数千mの大火山山脈が連なっている.これらの火山山脈は現在も活動し続けている.この火山山脈では海の底の基盤となる海洋プレート(海洋地殻)をされている.マグマが海底近くまで上昇しており,徐々に冷えながら周りの岩石を押しのけ,新たな海洋底を形成している.岩石の割れ目などを伝って貫入してきた海水は熱いマグマと接し,熱水となる.その温度は400℃にも達する(高圧のため,沸点が高くなる).このとき,マグマに含まれる重金属やガス成分などが熱水に溶け込む.海底下は無酸素(もしくは貧酸素)なため,還元物質も熱水に溶け込む.熱せられたことによって浮力を得た熱水は勢いよく海底から噴出する.これが海底熱水噴出である.

噴出孔から出た熱水は,通常の深海の冷たい水に瞬時に冷やされ,それまで溶けていた重金属が溶けきれなくなって噴出孔のまわりに沈殿する.還元物質は通常の海水中に含まれる酸化物によって酸化される.例えば鉄などもそうだ.マグマと海水の接触により,マグマ中に含まれる還元的な鉄(2価の鉄)が,通常の海水中に含まれる,例えば酸素によって酸化され,酸化鉄となって沈殿する(2価の還元的な鉄は海水中に溶けやすいが,酸化鉄は海水に溶けにくい).

このことは,つまり,海底熱水は地球の冷却システムの一つであるとともに,鉱物(ミネラル)を地球内部から地球表層へと運ぶ一種の輸送システムと言える.

熱水には硫化水素やメタンなどの還元物質も含まれている.これらの還元物質を酸化すると大きなエネルギーを得ることができる.このようなエネルギーを利用した生物が熱水周辺に生息している.イオウ酸化細菌やメタン酸化細菌である.彼らは光合成に依存することなく,独力で無機物から有機物を作り出すことができる(メタンは厳密には有機物であるが,熱水に含まれるメタンは無機起源であり,また,メタンの持つシンプルな構造も加味して,ここでは無機物として話をしている).このような生物を化学合成独立栄養生物といい,彼らの一次生産に依存した生態系を化学合成生態系という.光エネルギーを利用して生合成する光合成独立栄養生物や,それを基礎とした光合成生態系(我々も含まれる)と対をなす存在である.光合成に頼らず,地球内部のエネルギーを利用しているなんて,すごいことである.

もっとすごいのは,そのような化学合成細菌を体内に共生させている多細胞生物がいることだ.シロウリガイなどの二枚貝やチューブワーム(ハオリムシ)と呼ばれるゴカイの一群だ.チューブワームに到っては,口や消化器官,肛門も失い,体内に共生させている化学合成微生物に栄養の全てを頼っている.我々人類を含めた動物は,ミトコンドリアを細胞内共生器官として遙か昔に獲得し,そのおかげで酸素を利用した有機物の燃焼によってエネルギーを得ているが,彼らは,そのミトコンドリアというエネルギー獲得器官にプラスして,化学合成細菌を共生させているのだ.この共生細菌を自分の器官にすることができれば,化学合成独立栄養を行う動物の誕生である.私が生きている内にここまで進化することはないかもしれないが,今後彼らがどのような進化を遂げるのか,考えただけでわくわくする(授業の概要を書いていたはずなのに,いつの間にか語りになってしまった).

授業への要望,聞きたい話,質問

メタンハイドレートの埋蔵量は天然ガス埋蔵量の約100年分かどうかといわれましたが,採集コストが高かったので実用的ではないと昔聞いたのですが,いまでも変わっていないのでしょうか?また,温室効果はCO2よりはるかに高いメタンが(拡散は早いそうですが)次世代エネルギーとしてどれくらい期待されているのでしょうか.

一昨年あたりにガソリンの値段が高騰しましたよね.1リットルで160円くらだったでしょうか.メタンハイドレードを掘削した場合は,それぐらいの値段であればガソリンとも十分に競争できる価格となると言われています.とはいえ,まだきちんとした掘削・輸送・供給システムができあがっていませんので,なんとも言えません.また,ハイドレードを採集した際に地層や地球環境,周辺の生物に与える影響評価もまだ終わっておりません.まあ,石油を使うよりはよっぽどいいでしょう.特に日本のように石油がほとんどでない国においては,メタンハイドレートは魅力あるエネルギー源です.

熱水付近に住んでいる生物はそこから熱水が出なくなったら自分で移動して深くしたりするのか知りたいです.

基本的には熱水がでなくなったら,そこに生息していた生物は死に絶えると思います.つまり,新しい熱水や湧水サイトを見つけるのは,浮遊期間がある幼生期であることがほとんどだと思います.ただ,例えばメタン湧水に生息しているシロウリガイという二枚貝(硫化水素を利用している)は,たまに海底を歩き回っているあとが見つかります.大人になっても,メタン湧水活動が不活発になると,自分でも新たな湧水を見つけに征くと加賀得られています.

地球は冷えてきているといっていましたが,地球が冷えると今後どのようなことが起こりますか.

熱水噴出孔は地球の冷却システムと行っていましたが,完全に冷却されるとどうなるんですか.

これは長い時間スケールの話ですが,当然,地球が寒くなっていくはずです.冷却にともなってマントル対流が減少していくと予想されますので,火山や温泉,プレート運動による地震も少なると思います.とはいえ,地球に存在する放射性元素の壊変によって放出される熱もありますので,冷却のスピードは非常にゆっくりとしか進みません.